誰が指示したのか?・・・・・・・桜山史跡保存計画3

13日に続いて、19日には15:00からと19:00から市主催の説明会が市庁舎8階会議室で行われました。
入り口では署名を求められたが反対派のリストアップでもするんですかね?
13日には配布する資料が20部しか用意されていなくて、ほとんどの人が資料を手に入れることが出来なかったが、今回は十分に数は足りたようだった。
集まった市民は各会150名近くで前回を上回っていた。

市側の出席者は新沼都市整備部部長、今野公園みどり課課長らの他に建築、商工、管財、歴文など総勢12名(だったと思う)
何しろ、バタバタと紹介されたので誰が誰やら分かりゃしない。
しかし、これだけ人数がいて質問に答えたのはほんの数人。
あとのメンバーは何のために出席したんだろう。
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前回同様、市側から一通りの説明があり「質疑応答」
「」付きにしたのは、答えが今まで通りのらりくらりとしたもので本当の意味での質疑応答にはなっていなかったからだ。
ともかく、今回も反対する人間が次々に発言し、その怒りや不満は爆発寸前といった感がある。

今回は東大通り商店会のメンバーが揃いの法被で出席。
その存在感は市側にかなりの圧力を加えたことだろう。
そして、彼らは次から次へと市への質問や反対意見を述べていた。
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「質疑応答」は前回とさほど変わったものではなかったが、前回では出なかった市側の判断などがいくつか出ているので順不同で箇条書きにしておきたい。

1、前回「勘定所風の建物」の建設と発言し失笑を買ったが、この「勘定所風の建物」には国の補助金は降りず市の財政で賄うこと。(はっきりとは出なかったがおそらく土塁などの他の建設についても同様であろう)
2、史跡保存管理の部分と商業地域は分けて考えている。
3、(質問の出た)危険な状態の鶴が池、亀が池の整備については本案策定後に対応する。
4、かつては厳しかった国(文化庁)の見解が徐々に変わって規制は緩くなっている。(だから、「勘定所風建物」か?)
5、本案は公園みどり課が作成した。
6、(公園緑地指定を変えない理由として)現在は発見されていない史跡が「遠い将来」発見される可能性がある。

本案は平成19年、谷藤市長の重点政策「「お城を中心としたまちづくり」の下に策定されたものであるが、地元桜山への接触は平成21年6月に入ってからである。
「お城を中心としたまちづくり計画」策定に着手後、
21年6月に「史跡保存管理計画」策定に伴う地元説明会がそれであり「保存管理計画着手及び現況測調査・商店街利用形態調査実施について説明」。
7月に「お城を中心としたまちづくり計画パブリックコメント」実施。
10月に「お城を中心としたまちづくり計画」策定。この時に「桜山神社参道地区について」として「個性的なまちづくりの可能性を持つと考えられるため、国指定の史跡との調整を図りながら、桜山の参道を軸として、かつて城内であった歴史をイメージさせる、情緒と和風感があるまち並みや、歴史文化施設との連携による観光まちづくりを目指す」というある意味、具体的な案が策定される。

しかし、本来「まちづくり」とはこのように狭い地域での話ではなく市全体の中で創造すべきものである。
たとえ、盛岡城跡を中心とするにせよ個別桜山神社参道地区のみがこのようにクローズアップされること自体、この計画に矛盾点があり他の意図が見え隠れしているとしか言いようがない。

これらの「説明会」や「調査」の際に町内会は協力して来た。
しかし、それはこの地域の現状維持が前提での話である。
事実、市側からは昨年末まで立ち退きなどの話は一度も出ていないのだ。
また、本年に入って2月に「史跡保存管理計画策定に伴う地元説明会」もなされているが、ここでも立ち退きなどの話は出ていない。

ところが、本年9月29日の市議会全員協議会へ本案が提出されているのだ。
この半年余の期間の間に何が起こったのか?
このかんには、史跡盛岡城跡保存管理計画策定委員会という長ったらしい名前の委員会が二度(2回目、3回目)行われている。
その二度の会議の間に問題の「盛岡城跡公園の将来像について」なる市民アンケート調査が行われている。
2回目と3回目の会議の間に行われていることを考えれば、2回目の段階で今回の案について何らかの提案がなされているのでは?と想像されるのだが確認は取れていない。

いずれにせよ、3回目の会議の二ヶ月後に本案は提出されている。
それは、それまで一度も出ていなかった「勘定所」であり「土塁」などであって「立ち退き」である。

ちなみに、一昨年「お城を中心としたまちづくり」懇話会のメンバーであった斉藤純くんによれば、その当時の会議にこれらの話はまったく出てこなかった、とのこと。
あらためて言うまでもないが、この案が登場して来たのは本年に入ってからと想像出来る。
しかも、19日の説明会においてこの案は公園みどり課の作成であることが判明。
あの長ったらしくもっともらしい策定委員会の中で出て来たものでもないらしい。

では、いったいどこからこの案が飛び出して来たのか?
みどり課に対して何らかの圧力をかけた人物がいる可能性が浮上して来る。
なぜなら、みどり課だけでこの案を作成するとは考えにくいからだ。
策定委員会という段階を経ずして一つの課で重要案件を策定することは常識的にあり得ない。
その策定委員会での協議ではないのであれば、どこかからかぽこんと放り込まれたとしか考えられない。

「文化庁の指導があり」云々といったことも口走っているが、これにしても文化庁が強硬に指示をする可能性は極めて低い。
いったい誰が指示したのか?
何やら、きな臭い匂いが漂って来る。

なお、19日よりこの件についての反対署名が始まりました。
要求項目は
1、盛岡市策定の「桜山神社参道地区の将来像について」および「勘定所・土塁・門・堀」計画案を白紙撤回すること
2、桜山神社参道地区を公園緑地化することをやめ、都市計画を現状に即した商業地域指定に変更すること
宛先は
谷藤裕明盛岡市長
佐藤栄一盛岡市議会議長

12月の定例議会までに50000名の署名を獲得することを目標にしています。
盛岡市民に限らず、あらゆる地域からこの件を問題化して多くの署名が集まることを期待しています。

桜山の火は決して消しません!
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by ma.blues | 2010-10-21 11:32 | 桜山問題 | Comments(0)  

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