山口富士夫(元村八分)が死んだ

あの伝説のロックバンドと呼ばれる「村八分」のメンバーでギタリストだった山口富士夫が死んだ。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0815/TKY201308150243.html(朝日新聞)
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これが1973年に京大西部講堂で行なわれたライブを収録したレコード。
下の画像は西部講堂の屋根だが三ツ星が描かれている。
これは前年の1972年5月30日に起こった「テルアビブ空港事件」で死亡した日本赤軍の三名をオリオンの三ツ星になぞえて描かれたもの。
当時、京都と東京を行き来していた自分もこの絵を描く現場にいた。
そして、村八分のライブの時には西部講堂の警備に入っていた。
京大西部講堂は当時、学生たちによって管理されており、そのことで様々な軋轢があったためこのライブでも混乱が予想され警備を強化したのだ。

彼らはこのライブを最後のようにこの年に解散してしまう。
その後、1979年に一夜限りの再結成ライブをこの京大西部講堂で行なっている。
山口富士夫はその後、「裸のラリーズ」などに加わるなど音楽活動を続けていたが、麻薬中毒で入院。
入退院を繰り返し10年ほど前にやっと回復し退院して活動を再開していた。

自分にとっては非常に衝撃を受けたグループのメンバーであったし、その後も何度か彼を加えてのイベントなどに参加していたので複雑な気持ちになる。

山口富士夫 村八分ライブ「水たまり」(京大西部講堂)

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by ma.blues | 2013-08-16 00:18 | 社会全般 | Comments(0)  

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