もうすぐ三周忌

あの未曾有の大震災からあと一ヶ月で三年が経つ。
今日は一ヶ月前の月命日。
いまなお、行方不明の人々を探し求める活動が各地で行われている。
髪の毛一本でもいい、爪の欠片でもいい、服の切れ端でもいい・・・・・
ほんのちょっとでも手がかりになるものを求めて。

震災後、岩手・宮城・福島三県の仮設住宅で孤独死をした人数は昨年9月の段階で81人。
今年に入っても増え続けていることだろう。
各県警、自治体は孤独死の数を正確に調べていない。
先に上げた人数は一人暮らしをしていて亡くなった状態で見つかったものだけを集計している。
したがって、この数字より相当数多い方が亡くなっていると想像される。
また、自殺者の数は公表されていない。

「被災者に寄り添って・・・」
あれから三年、ありとあらゆる言葉がマスメディアに登場して来た。
被災者への募金も相当な金額が集まっている。
あの金はどんな風に使われているのだろう?
そして、歯の浮くような言葉の羅列は本当に被災者に寄り添う形で実行されたのだろうか?

岩手県の山田町ではNPO団体の復興支援金の不当流用が問題となり、団体の代表が逮捕される事態になっている。
混乱期の中では支援という形に対して確かに甘い判断がなされてしまうこともあっただろう。
だが、それを利用して私利私欲に走る輩には厳罰を強いらなければならないだろう。
被災者自身は必死に立ち直ろうと努力して来ている。
それでも力尽き倒れてしまう人たちがいることを忘れてはならない。

震災被害に加え原発事故によって住む場所を奪われ流浪の民とならざるを得なかった福島の人々のことを決して忘れてはならない。
今なお、収束しない福島第一原発事故。
にもかかわらず、過ぎ去った過去でもあるがごとく原発の再稼働を目論む安倍政権。
東京都知事選は確かに大東京の福祉・医療問題が大きな課題としてあっただろう。
しかし、原発ゼロが政治課題として登場したのであれば、そのことの議論をもっと誠実にすべきであっただろう。

何よりも、もっとも大量の電力を消費しているのは大東京である。
しかも、東京都は原発事故を起こした東京電力の大株主である。
今後の電力事情の舵取りの大きな要因となる「原発ゼロ」に対してまっとうな議論をなぜ出来ないのだろう。

かつて、反原発を標榜する者は左翼と規定され、政治イデオロギー論争のカオスの中に埋没させられた。
しかし、反原発は人間の生き方そのものを問うものであり政治イデオロギーではない。
単純な科学技術論でもなく、国の経済を語る経済論でもない。
言わば、哲学的思考による人類の存在そのものを問い正すものである。

自然界の中で「生かされている」人間の存在は、自然をコントロールしたり自然を破壊していいものではない。
海は豊富な資源を人間に与えてくれるが、津波のように甚大な被害も与える。
しかし、この海をコントロールすることなど出来はしない。
どんなに強大な防潮堤を作っても、それを越える津波はやがてやって来る。
共存することでしか人間は自然界で生きていくことが出来ないのだ。
このことを忘れてしまえば、人間はやがて自然によって今以上にとんでもないしっぺ返しを食らうであろう。

そして、これは自然界に存在しないものを作り出すことを否定している。
自然に返ることの出来ないものを作り出せば、その処分は不可能になる。
原発はその最たるものだ。
放射性廃棄物を自然へ帰すことなど出来ないのだから。
今後、何十年、何百年、何千年、何万年と多くの放射性廃棄物が地球上に貯蔵されることになる。
遠い未来の私たちの子孫たちがそれを見た時に何を思うだろうか。

津波被害を受けて出た瓦礫はやがて消えていく。
更地となった場所には新たな街が作られていく。
しかし、放射性廃棄物が埋められた場所には何も生まれない。
近寄ることさえも出来なくなる。

人間は愚かな動物だ。
その愚かさを自覚しなければ自然界で生きていくことはやがて出来なくなるだろう。
あの未曾有の大震災はそのことを教えてくれていると思う。
一人からでもいい、真剣に人間の生きる路を考えていって欲しい。

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by ma.blues | 2014-02-11 23:47 | 東日本大震災 | Comments(0)  

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