あの日から四年

未曾有の東日本大震災から四年が経ちました。
沿岸の様子は・・・
ガレキはほぼ片付けられ、一部では道路のかさ上げや宅地造成のためのかさ上げなどが行なわれて来ています。
また、更なる防潮堤や河川河口の水門などの建設が始まっています。
しかし、人々の暮らしがさほど変わったわけではありません。
いまなお、行き場がなく仮説生活を余儀なくされている人々が数多くいます。

つまり、現状はあれからほとんど変化していないということなのです。
復興予算の積み残しが数多くあり、その原因としては公共工事への入札不調と人足不足による事業の停滞が挙げられるでしょう。
入札不調の原因には工事手続きの複雑さが考えられ、さすがにこれについては被災三県ともに手続きの簡素化を図るとしています。
人足不足の理由は2020年に開催が決まった「東京オリンピック」への建設業界のシフトが考えられます。
東京という都市での工事であり、湯水のように金を使えるオリンピック工事は建設業界にとって最もおいしい仕事となっているでしょう。
こちらに資材、人足ともに吸い取られ被災地復興工事にはどちらも回って来なくなっているのが現実です。
資材は復興計画が始まった時から高騰を続けていますし現在も上がり続けています。
そのような状況では入札が不調になるのも無理はないでしょう。
加えて人足不足が深刻な問題となって来ています。
これらの問題は国が整理し、順番を復興第一としない限りいつまでも続くことでしょう。

原発事故によって住民が散り散りとなった福島県の現状はさらに深刻です。
福島第一原発はいまだに収束のめども立たず、汚染水の垂れ流しを続けています。
小出しに公表する東電の発表に人々も慣れてしまって憤りの声も小さくなってしまっています。
住民の中にはもはや諦めにも似た言葉を発する人も少なくありません。
今まで住んでいた土地を追われ、慣れない土地での生活で体や精神を病む人が増えています。
どの方向へ進むのか明確な指針もないまま四年が過ぎ去りました。

こうした現状の中で安倍自民党政権はいまだに原発推進を掲げ原発を「ベーシックエネルギー」と位置づけています。
再生エネルギーの開発は原発廃止を伴わなければ飛躍的発展は望めません。
「エコとクリーン」は今後の世界を存続させるために必要な標語です。
口先や小手先ではなく根本的なところから改変しない限り、更なる人災が生まれてくるのは必至です。

最近、福島原発のお膝元双葉町に掲げられているシュールな原発推進の看板が撤去されるというニュースがありました。
「原子力 明るい未来のエネルギー」
以前、このブログでも紹介したことのある看板ですが、この標語を書いた方が撤去に反対して双葉町議会に申し入れをしたとのニュースも流れました。

1988年当時、双葉北小六年だった大沼勇治さんがその人です。
原発PR看板「保存を」 標語の考案者が撤去に反対(朝日新聞)
「負の遺産として保存し、人間の愚かさを後世に伝えるべきだ」という彼の言葉はもっともだと思います。
一度は夢を見た人たちもいたかもしれません。
だが、それは「クリーンで安全なエネルギー」という絵空事の言葉に翻弄された結果でしょう。
小学生だった彼にとってはとても素晴らしいことに思えただろうと想像がつきます。
しかし、事故を経てその看板をいち早く撤去しようとする姿勢は彼が言う通り「間違った過去と向き合わない行為」であることは間違いありません。
彼は署名活動を始めるということですので、その署名へのご協力もお願いします。

話は変わって、つい最近に店のお客さんの一人が亡くなりました。
こう頭ガンを患いいったん手術は成功したのですが、再発し帰らぬ人となりました。
彼は震災後、復興支援のために盛岡へ転勤して来た人間です。
学生時代にはバンドでドラムを叩いていたということで、店へ来るようになってからは音楽の話で盛り上がり、さらには息子さんがサッカーをやっていたのでサッカーの話でも盛り上がりました。
ガンが見つかった時には「お手伝いに来たのに、こちらで助けてもらわなきゃならなくなっちまった・・・」と寂しげでした。
手術成功後に顔を出してくれて今年は何かを一緒にやろうと話したばかりでした。
しかし、四年目の3.11を前に旅立ってしまいました。

盛岡へ移り住んで六年が過ぎ去りました。
この間に彼も含めて親しくさせてもらった人たちが六人も亡くなっています。
人には必ず別れがあることはむろん承知していますが、正直・・・多すぎるなぁと思えます。
もっともっと長生きしてもらいたかった人たちばかりです。

寂しい話になってしまいましたが、つくづく「生かされている」ことを感じます。
残りの人生を無駄に使わないように生きていこうと思っています。
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by ma.blues | 2015-03-16 21:11 | 東日本大震災 | Comments(0)  

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