カテゴリ:社会全般( 27 )

 

俳優・映画監督の塩屋俊さん死去

なんという巡り合わせなのでしょう・・・・・
4日に来店された文学座の外山誠二さんが岩手県民会館で出演された「HIKOBAE」をニューヨークのステラアドラー・スタジオ・オブ・アクティングとコラボレーション企画した「アクターズ・クリニック」主宰の俳優であり映画監督でもある塩屋俊さんが「HIKOBAE」の仙台公演のリハ中に倒れ亡くなられた。
俳優、塩屋俊さん死去 56歳 映画監督も(日経新聞)
俳優・映画監督の塩屋俊さん、急逝 56歳 舞台稽古中に倒れる
シネマトゥデイ 6月6日(木)12時16分配信

「HIKOBAE」は震災後の福島県相馬市の医療施設を舞台として作られている。
詳しくは以下のサイトでご覧下さい。
HIKOBAE

塩屋さんが震災後、相馬市を取材したのがきっかけだったそうだ。
名前を知らなくても多くの方が彼の風貌は見覚えあると思う。
まだまだ、この続きがあったはずなのに・・・・・

あの震災はこうしてその後も多くの人々の命を奪って行く・・・
決して風化させてはいけない。
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by ma.blues | 2013-06-06 22:24 | 社会全般 | Comments(0)  

拡散希望! 「スケッチ・オブ・ミャーク」の上映あります!・・・盛岡

緊急のお願いです!
久保田麻琴原案の映画「スケッチ・オブ・ミャーク」の上映が盛岡であります。

上映は明日12日(日)13:00〜です。
場所は岩手県公会堂大ホール
前売り:1300円当日:1600円(大西監督の名前を出せば前売り扱いになります)
映画上映の他、エイサーの上演もあります。
撮影、監督の大西功一さんも来盛しています。

時間がなくて申し訳ありませんが、多くの方に拡散を希望します。
「ミャーク」とは沖縄・宮古島を指します。
この土地に残る神歌や神事は懐かしさを感じさせ人々を感動させるでしょう。
ライ・クーダーのこの言葉がそれを表しています。
「わたしはミャークの老人たちが羨ましい。
小さくても、こんなに完全で幸せな世界を持っているのだ。
汚れた世の中なんて気にかけたこともないだろう。
彼らの表情を観て、このイカしたファンクを聴けば判る。
ミャークはきっと最高のところだろう。
賭けてもいいよ。」

詳細は下記のサイトから
映画「スケッチ・オブ・ミャーク」の公式ウェブサイト
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by ma.blues | 2013-05-11 23:03 | 社会全般 | Comments(0)  

またしても訃報が・・・

雑誌「広告批評」の元編集長島森路子さんが亡くなった。
訃報:島森路子さん66歳=広告批評元編集長(毎日新聞 2013年04月23日)
天野祐吉さんに代わって2009年休刊の前年まで編集長を務めた。
テレビで天野さんとともにコメンテーターも務め、様々な場面で活躍していた。
まだ、66歳。早すぎる死だ。

もう一人、1969年にあの「ウッドストック」で一躍有名になったリッチー・ヘブンスが亡くなった。
フォーク・シンガー、リッチー・ヘブンスが心臓発作で死去(MUSICMAN-NET)
ギターを掻きむしるように弾き全身で表現する姿は多くの人々を圧倒した。
この曲「Freedom」はいわゆる「ヒッピー」たちのバイブル的存在の歌となった。
Richie Havens Freedom Woodstock 1969
個人的にも映画「ウッドストック」で一番印象に残ったのは彼リッチー・ヘブンスだった。
(そして、彼の使用していたギター「GUILD D-55」を知ったのもこの頃であこがれのギターとなった)
残念だ。

「ウッドストック」については以下のコラムがなかなかコンパクトにまとめられている。
ご存じない方は一読を。
理想を実現したロックの祭典 WOODSTOCK FESTIVAL−愛と平和と音楽の3日間−(Live House Tin Pan Alley 長崎市のライブハウスのHPより)

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by ma.blues | 2013-04-24 01:43 | 社会全般 | Comments(0)  

岩波ホール総支配人の高野悦子さん死去

またしても大事な人が亡くなった。
ミニシアターの生みの親とも言える「岩波ホール」総支配人高野悦子さん。
高野悦子さん死去 83歳 岩波ホール総支配人(東京新聞)

大学時代からの30数年間を東京で過ごし、多感(であったはず)な頃に岩波ホールへもよく通った。
大手配給会社では扱わないアジアの映画とか様々な映画を観た。
岩波ホールの存在はその後のミニシアターの創設に大きな影響を与えている。
一つの道しるべのような存在だったはずだ。

今に比べたら映画館には人が溢れていた。
岩波ホールのようなミニシアターにも多くの人々が集まっていた。
自身の感性を磨くと同時に、その時代の裏側あるいは出来事の真実などをそうした場所で知ることが出来た。
それは家でDVDを観るのとは違って「同時代的に」その時代を読み取っていく作業だったと思う。
それらの作業がどんどん衰退していくことは時代を読み取れる人間が減っていくことに繋がる。

たとえ、インターネットが発達し様々な情報を得ることが出来るとしても、その情報が真実かどうかを見極める力を持たなければネット上の情報を鵜呑みにしてものごとを判断する人間が増えて来るだけである。
「簡単に情報を得る」のではなく「じっくりと真実を見極める努力」をしなければならない。
一時期「スローライフ」などという言葉が流行り実践する人たちも出て来たが、そんな言葉が出て来ること自体社会が病んでいる証拠であろう。

「あの時代がよかった」などと懐古するではなく「あの時代を検証し現在に繋げていく」作業が必要なのだろう。

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by ma.blues | 2013-02-17 01:46 | 社会全般 | Comments(0)  

またしても訃報が・・・・・常磐新平、木山潔死去

アメリカ文学研究者、直木賞作家の常磐新平。
岩手県水沢市(現奥州市)出身、早稲田大学出身。

特にアメリカに憧れていたのではないが、高校時代は何となくアメリカ文学やアメリカ音楽に興味を持っていた。
音楽は中学時代からアメリカとヨーロッパの両方を好んで聴いていたが、高校時代にはアメリカのシンガーソングライターやロックバンドにかなり興味を持った。
文学は日本文学以外さほど興味がなかったのに、急にアメリカ文学が気になり出してあれこれ読んだ記憶がある。
と言っても、トマス・ペイン、ソロー、スタインベック、ヘミングウェイ、サリンジャーなど有名どころくらいだろうけど。

途中、井上光晴がフォークナーに影響を受けたという話を読んだあと、しばらくフォークナーを読んでいた記憶もある。
まぁ、どれもこれも中身など覚えていないが(笑)
最後の頃はアレン・ギンズバーグなどのいわゆるビート詩人たちに興味を持って読んだ。
これは大学へ進んでからも読んでいたし、かなり影響を受けたと思っている。
したがって、アメリカ文学の研究もしていた常磐新平の本もあれこれ読んだ記憶はあるがこれも中身は覚えていない。


木山潔、山形県出身、演劇プロデューサー。
彼のことは詳しく知らない。
ただ、ミュージカル「はだしのゲン」や「世阿弥」のプロデュースをしていたことだけは知っていた。
70歳だったというからひどく年が離れている感じはしない。
まだまだ当たり前に現役で活躍出来ただろうに、と思うと寂しい。
昨年には「やって来たゴドー」(別役実)の演出家としてドイツ、フランスで海外公演を成功させて来たばかりだったそうだ。
いわゆる「社会派」の演劇人だったと言えるだろう。

今の社会に必要と思われる人間たちが昨年から(大まかに言えば震災後から)次から次へと亡くなっていく。
何かを暗示しているのだろうか・・・・・
残された者たちに何かしらの荷物を預けて逝ってしまった気がしてならない。

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by ma.blues | 2013-01-24 01:14 | 社会全般 | Comments(0)  

前記事の訂正

大島渚が野坂昭如と殴り合いをしたのを96年頃と書きましたが、90年の誤りでした。
結婚30周年記念パーティの時です。
96年は彼が倒れて闘病生活に入った年でした。
訂正いたします。
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by ma.blues | 2013-01-17 17:40 | 社会全般 | Comments(0)  

大島渚、逝く

「みやこシネマリーン」の記事を書いたあとに大島渚の死去を知った。
なんという偶然なのだろうか。
滅多に映画関連の記事を書いていないが、たまたま書いたあとですぐに彼の死去を知るとは。

彼の存在は日本の映画界においても世界の映画界においても特異な存在だったであろう。
破天荒に思える言動が注目を浴びていたが、彼が作る映画は非常に緻密な組み立てと計算によって成り立っていた。
そして、常に「挑戦者」「挑発者」として存在した。
既成概念にとらわれない作風はおそらく日本に今後登場することのない個性だっただろう。

彼の人となりをは崔洋一監督の次の言葉がよく表しているだろう。

崔洋一さん「意識して世界へ発信」(大島渚さん死去)
(朝日新聞デジタル)

なぜか思い出すのは確か96年くらいだったと思うが壇上で野坂昭如と殴り合いをやったことだ。
あの時は「いい大人が・・・・・」と思ったが、あれが彼らの友情と信頼の証だったのだろうと、あとで思った。
そこまで真剣に相手のことを考える人間がまだ当時にはいたということになるのだろうか。
今だったら殴り合わないのだろうか?・・・・・・いや、今でも同じ場面を見ることになるような気がする。
(むろん、「あれはパフォーマンス」だと言う人間は多いが)

ものごとについてどれほど真剣に考えられるか。
相手に対してどこまで真剣に考えることが出来るか。
今でも自分の中で永遠の課題だ。

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by ma.blues | 2013-01-17 01:50 | 社会全般 | Comments(0)