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サッカー界でまたしても大きな悲劇が・・・シャペコエンセのチームを乗せたチャーター機が墜落事故

またサッカー史上に残ってしまう飛行機事故が起こった。

ブラジル一部リーグ「シャペコエンセ」の選手たちを乗せたチャーター機がコロンビア・メデジン近郊で墜落。生き残りは六人でその中に含まれる選手はGKジャクソン・フォルマン(右足切断)、DFアラン・ルシェウ(脊髄手術)、DFネト(頭蓋骨、胸部、肺に重篤な外傷)の三人のみだった。GKダニーロも救出されたが搬送先の病院で死亡が確認された。

「シャペコエンセ」は人口20万人ほどの街シャペコにある小さなクラブ。一時は経営難から解散の危機もあったが、今年一部リーグに昇格したばかりにも関わらず「コパ・スダメリカーナ(南米杯)」で快進撃を続けアルゼンチンの強豪チームなどを破り、コロンビアの強豪チーム「アトレチコ・ナシオナル」との決勝に出場するため移動していた。

もし、彼らが優勝すればイングランド・プレミアリーグで弱小チームと言われた「レスター」が優勝した時と同様の驚きが世界中のサッカーファンの中を駆け巡ったことだろう。


「シャペコエンセ」からはかつてJリーグに多くの選手が来ており、日本のリーグ関係者にとっても非常に悲しい出来事である。

カイオ・ジュニオール(神戸)のちに神戸の監督も。

クレーベル(柏)

チエゴ(京都)

ケンペス(セレッソ大阪)(千葉)

アルトゥールマイア(川崎)


南米杯王者は例年、ルヴァン杯(旧ナビスコ杯)優勝チームと日本で対戦していた。「シャペコエンセ」が南米杯で優勝すれば日本で「浦和レッズ」と対戦していただろう。


人口20万人ほどの規模の街と言えばここ盛岡市よりも少ない人口の街である。

言ってみれば現在J3に所属する「グルージャ盛岡」が一部リーグに上がり天皇杯あるいはルヴァン杯で快進撃を続けているといった状況なのだ。いや、それ以上の驚異的な躍進だったと言える。

シャペコの人々にとっては歓喜から悲しみのどん底へ突き落とされた気持ちだろう。

サッカーファンの一人として心の底から哀悼の気持ちを捧げたい。


なお「コパ・スダメリカーナ(南米杯)」の決勝は中止となったが、対戦相手になるはずだった「アトレチコ・ナシオナル」は大会主催者の南米連盟に対して『タイトルはシャペコエンセに与えられるように』と求めている。


訂正:「シャペコエンセ」は2014年に一部に昇格しています。今年初めて南米杯で快進撃し続けたことを強調するあまり間違った書き方をしてしまいました。申し訳ありません。


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by ma.blues | 2016-12-01 05:15 | その他 | Comments(0)  

うちの猫さん

別に載せなきゃいけないというわけじゃないですけど(笑)
もうながいこと猫さんと一緒に生活していて、時々猫さんたちに養われている?ような気がすることがあります。
養っているのはこっちですけど、なんだか支配権は向こうにあるような・・・

言葉が通じているとは言わないですが何となく気持ちを分かってくれる気がするし、僕も彼らの気持ちが分かるような気がするし・・・
まぁ、人から言わせれば「親ばか」だそうですが(笑)
何でしょうねぇ、何十年も常に猫さんがいたので、それが当たり前になっている自分がいます。

とは言え、彼らにも寿命があるわけで、それまで自分が生きていなければならないという現実もあります。
今、家には二匹いますが一匹はこちらへ移ってから保護した猫でまだ四歳くらい。
あと自分が何年生きなければならないか・・・ま、あんまり考えたくないですけどね(笑)
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東京、浜松、盛岡と生まれた時からずっと一緒にいる猫さんです。名前はギズモ。名前の由来は生まれた時にあまりに耳が大きくて映画のギズモに似ていたから。
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盛岡へ来てから保護した猫さん。掌に乗るくらい小さい頃に出会ったのですが家まで付いて来てしまって結局飼うことにしました。名前はちーくん。意味はありません。
ちなみにどちらもメス猫です。ハーレム?(笑)
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by ma.blues | 2015-03-28 04:30 | その他 | Comments(0)  

う〜ん・・・春はまだ先だ

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これは家の近くで芽吹いた福寿草。
開いたのは昨日のことだが、今日は寒さでつぼんでしまった。
この花がしっかりと咲いたら「春だな」って感じる。
まだちょっと先のようだ。

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by ma.blues | 2013-03-20 15:28 | その他 | Comments(0)  

映画監督若松孝二死去

今月12日に都内でタクシーにはねられ重傷を負って入院していた映画監督の若松孝二が死去した。
若松孝二監督が死去 12日に車にはねられ入院…(スポニチ)
報道では確か「命に別状はない」とされていたが、実際には救急搬入された時点で腰の骨は砕けており、すぐに意識不明状態となりそのまま息を引き取ったということらしい。

農業高校中退し上京後、映画界へという異色の映画人。
ピンク映画界で活躍したのち「若松プロダクション」を設立し、足立正生などの映画監督を輩出して来た。
また、大島渚監督の作品「愛のコリーだ」ではプロデューサーを務めている。
2010年のベルリン国際映画祭では「キャタピラー」で主演の寺島しのぶが最優秀女優賞を受賞した。
今年5月には「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」がカンヌ国際映画祭で「ある視点部門」で公式上映され好評価を受ける。

今年6月には「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の盛岡での上映時に盛岡を訪れ、観客とディスカッションをしていた。
残念ながら、私は行くことが出来なかったが、どんな質問にも真摯に答えていた印象を多くの人が語っていた。

実は、もう30年ほど前になると思うが、ある仕事を彼と一緒にすることがあった。
なぜか、私は「カメラマン」という仕事で参加したのだが。
彼の映画はほとんど観ていたが会うのは初めてだった。
強面する外見とは違って、非常に穏やかな雰囲気を持った人だった。
指示などはきちんとするが、頭ごなしに指図することはまったくなく、おそらく映画製作の現場でも同じようにしているのだろう、と想像出来るものであった。
若干、話をする機会もその時にはあったが、終始穏やかな物腰で拍子抜けするくらいだった記憶がある。

それ以来、会うこともなく6月の上映の際に会えるのを楽しみにしていたが、結局都合が付かず会えなかった。
今となってはそれが何とも悔しい。
もっともっと映画製作をして欲しい監督だった。

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by ma.blues | 2012-10-18 19:31 | その他 | Comments(0)  

本日は桜山オープンカフェが開催されます

本日午後4時より桜山参道にてオープンカフェが行われます。
野外ステージ、射的、映画鑑賞などなど様々な催しが行われます。
お出掛けのついでに、是非お立ち寄り下さい。
浴衣を着て来るといいことがあるかもF65A.gif
※野外ステージの手伝いに出ておりますので、開店時間がかなり遅くなります。ご容赦を。
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by ma.blues | 2012-07-14 11:58 | その他 | Comments(0)  

原田正純医師死去・・・・・水俣病研究の第一人者

1956年、熊本県水俣市で発生した水俣病。
生涯を通じて患者の立場からこの水俣病と向かい合い、胎児性水俣病も見出した医師の原田正純さんが11日、急性骨髄性白血病で亡くなった。

http://www.47news.jp/47topics/e/230295.php(47トピックス)
母校である熊本大学在籍中から水俣病の研究を続けたが、そのためか熊本大学では最後まで助教授のままであった。
彼の盟友でもある故宇井純さん(公害研究)は母校である東大において最後まで助手のままであった。
公害病は「病気ではなく人災によるものでこれは犯罪である」との立場は体制にとって目の上のたんこぶであっただろう。

原田正純さん死去:胎児性水俣病を確認…患者から学ぶ貫き(毎日新聞)
彼が一般的な医師と違っていたのはあくまでも「患者の立場でものを考える」を貫き通したことだ。
余計なしがらみやスポンサー的存在を嫌い行政からの支援さえも受けなかった。
水俣病や原田医師に関してはいくつものYouTubeや文献がアップされているので参照して欲しい。
かつて、学生だった頃に水俣病患者会の支援に加わっていた人間としては非常に残念な訃報だ。

「公害は犯罪である」という考え方は原子力関連事故にも通じることである。
「豊かさと便利さ」を追求する中で置き去りにされて行く人々が多くいる。
その根源にあるものは人を人と思わない差別感情である。
それは現在もなお連綿と続いている。
「僻地」への原子力施設建設の流れは明らかにこうした差別意識(ここでは地域差別)によって行なわれて来た。

この根幹を打ち破らない限り、犠牲者はこれからも増え続けるであろう。

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by ma.blues | 2012-06-12 20:28 | その他 | Comments(0)  

日本の良心、逝く・・・・・映画監督新藤兼人死去

映画監督、新藤兼人が亡くなった。
戦後、一貫して反戦を貫き、遺作となった「一枚のハガキ」も自身の戦争体験を題材としたものだった。
「いかなる戦争にも反対する」
それが彼の信念だった。
また、反核も強く訴えて来た。
「原爆の子」は戦後間もなく製作が始められたため、被爆者には非難する人間が多かった。
後に結婚する音羽信子とともに一戸一戸訪ねて回り理解を得て製作され、結果、各国の映画祭でグランプリや名誉賞を受賞した。
他にも、アメリカの水爆実験が行われたビキニ環礁で被爆した日本漁船を扱った「第五福竜丸」などがある。

そして、北海道の番外地に生まれ劣悪な環境で育った永山則夫が起こした「連続ピストル射殺事件」を扱った「裸の19歳」や家庭内暴力を扱った「「絞殺」など人間の根源に迫る作品も多い。

さらに「裸の島」では制作費550万円、キャスト2名スタッフ11名で瀬戸内でのオールロケ、製作期間わずか1ヶ月という、それまででは考えられない方法で作り上げた。
これは大会社の資本を頼りにしなくても映画を制作出来る可能性を示したもので、会社の制限を離れての自由な映画製作を証明したものだった。
脚本家としても大変有能な人物で川島雄三、鈴木清順、神山征二郎らに提供した脚本は特に評価が高い。

先般亡くなった林光の葬儀には周囲が押し止めるのを振り切って参列し、
「ぼくは引退宣言したけど、それを撤回してもう一本作ろうと思っていたのだが・・・
音楽をやる人がいなくなったのは困ったなぁ。光くん、まだ若いのになぁ・・・」
そう話していたという。

「もう一本撮ろう」と思ったきっかけはおそらく昨年の大震災、そして福島第一原発事故であろう。
彼があの震災をどう捉えたのか、また原発事故に対してどのような視点から思考したか。
それらを知ることはもう出来ない。
一人の表現者として、決して妥協することなく映画製作を続けて来た新藤兼人。
彼の遺志を継ぐなどとはとても言える人間ではないが少しでも近づいて行きたい。

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by ma.blues | 2012-05-31 18:05 | その他 | Comments(0)  

桜が満開だ

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これは家のすぐ近くにある桜の木。
街中よりは開花が遅かったけどいい感じになってきました。
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家の「ネズミの額」ほどの庭に咲いた片栗です。
毎年雪に埋もれますが春になると可憐な花を咲かせています。
もっと増えないかな。

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こちらは寺町通りにある啄木ゆかり(伯父さんが住職をしていた)のお寺さん「龍谷寺」に咲いた桜。
下の画像のしだれ桜(もりおかしだれ)は国指定天然記念物にもなっています。
今がちょうど見頃です。急げ!

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これは店の前の亀ヶ池沿いに咲いた桜。
ちょっとハイキーなトーンになってしまいました。
空は綺麗な青空です。

こうして、あちこち一気に桜が咲きましたね。
有名な「石割桜」は江戸彼岸ですので一足早く咲いています。
二日前からちらほらと咲き始めていましたが昨日まで雨模様の天気で雰囲気も開花状況もイマイチでした。
今日は気温もぐっと上がり一気に咲いた感じです。
盛岡へ移住するまで桜の開花を待ち望むことなど無かったのですが、長い冬が明けてばっと咲き誇る桜を見るとなんだかホッとした気分になるようになりました。
地域によって花を愛でる感覚もずいぶんと違います。

北国の短い春を楽しみに是非お越し下さい。
関東以西の方は二度目の花見をやれますよ。
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by ma.blues | 2012-04-28 19:05 | その他 | Comments(0)  

昨夜は楽しい時間を過ごしました・・・しかし、体が痛い・・・

昨日はお休みでした。
家であれこれ用事をしていて体が空いたのは夜の9時を回っていました。
さて、どうしよう・・・
そうだ! 「天がえる」へGO!

とは言え、もうバスもなくなっている時間帯ですのでたらたらと歩いて街中へ。
外はまだまだ冬の寒さで距離を歩くと結構冷えます。
かといって、もはやタクシーに乗る距離ではなくなっていましたのでひたすら歩く。

「天がえる」へ着いた頃には体は冷え切ってました。
ステージには見慣れた顔が。
ギターを弾き歌っているのは大槌町で被災したキムにぃと妙齢な女性、ドラムを叩いているのはエログッチー。
カウンターの中にはママさんとちーママ・うっちゃん。
店内を見回してもビッキーはいない。
またしてもずる休みか?

さっそく、呼び出すことに。
ほどなくして、やって来たビッキーは肩で息をしている。
酒を飲むのもそこそこにステージへ。
昨夜は仙台からのお客さんたちが来ていました。
どうやら、仙台の店(たぶん「唄屋」)でビッキーは同席した様子。
彼らの唄にギターを合わせる。
来てすぐで、何も指のトレーニングもせずに、よう弾けまんなぁ。
さすが、プロですわ。

ひとしきり、彼らの唄が終わるとビッキーはキムにぃを呼びつけ「憂歌団」の「お掃除おばちゃん」を。
キムにぃ、顔に似合わず(失礼!)綺麗な?かわいい?声でびっくり。
ざっくり、場を盛り上げてビッキーも飲みの体勢へ。
しかし、すぐにお客さんのバックを頼まれステージへ。
まぁ、忙しいお人です。

そんなこんなで閉店時間。
あらかたのお客さんが帰った後で一人ギターを弾き歌い出すお方が。
決して、唄もギターもうまくない。
でも、とてもいい雰囲気なのです、これが。
ギターを聴いているとけっこう難しいことをやっています。
一生懸命コピーしてきたんでしょうね。

あとでビッキーとも話したんです、こういう人の唄が一番だ! と。
かつて、一生懸命ギターのコピーをしていた頃を思い出します。
彼はギターを弾きだして間もないのだそうです。
でも、本当に一生懸命覚えようとしてやっているんですね。
こういう人を観るのはとても楽しいし嬉しいです。
やっぱり、応援したくなります。

店が引けてビッキーと彼の馴染みの寿司屋さん「ゆたか」へ。
いろいろ話しましたね。
以前にも書きましたが、彼とは意見の合うことが多いです。
やっていることも立ち位置も違いますが、何故か話が合うのです。
結局、明け方近くまで話し込んで帰りました。

歩きすぎて体中が痛い。(うん? 呑み過ぎだ??)
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画像は昨年1月に盛岡劇場タウンホールで行なった「ビッキー吉田とケロケロ団」のライブDVD。
なんでも、初回盤はあっという間に売り切れ何度も作成したそうな。
まだ観てない。
(だって「ヘッドフォンで聴け!」って言うんだから。ヘッドフォン持ってネェし・・・)
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by ma.blues | 2012-03-27 19:39 | その他 | Comments(0)  

春の使者

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家の近くの林で採れたバッケ(ふきのとう)です。
わっと暖かくなった日にぽこっと出てきたのですが、その後冷え込みが続いてまったく開かないままでした。
でも、このくらいのバッケが一番美味しいですね。
ピザのトッピングに使おうと思っています。
二枚分取れるかな・・・
微妙なので一枚分と考えておきましょう。
一枚限定で〜す!
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by ma.blues | 2012-03-22 21:21 | その他 | Comments(0)