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舌の根も乾かぬうちに・・・

ブログ更新しちゃいます(笑)
最終日、いつものクロスロードをご存じの方なら驚いてしまうほどお客さんがやって来ました。
これも日頃の摂生のたまもの・・・(言い過ぎた^@^)
ともかく、最後までいらしたお客さんたちの光景。
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みなさん、かつてのバンド仲間とのこと。
Hot club of MORIOKAのリーダー寺田くんを知っている人間ばかりでした。
彼の名声はすごいものですねぇ。

ハードロック、プログレなどロック系は何でもやりそうな連中でした。
でも、基本はブルースロックのよう。
小柄なTくんは火野正平が来たのか?と思っちまった(笑)
話し方も声もどことなく似ていました。
Tくんも「すけコマし」か?(笑)
この言葉もすでに死語かな?

ガタイのいいYくんは、いかにもだがドラマー。
見るからにがっつりと叩きそうな感じですね。
奥でギターを弾いているKくんはアドリブのリフに二人からずっとダメ出しを食らっていました(笑)
それに一生懸命応えようとしているKくんの真面目さがいいですねぇ・・・

彼らは今、きちんとしたバンドをやっていないようですが、是非バンドを結成して活動して欲しいものです。
さる筋から聞くところによるとかつてはオールマンブラザーズバンドのコピーをやったりしていたそうで、ブルースもかなりいけるそうですので。

やはり、クロスロードは最後の日までこうしてプレイヤーが集って楽しんでくれてました。
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by ma.blues | 2011-12-31 02:11 | 営業案内 | Comments(2)  

本年最後のブログ(の予定)

本日で今年の営業はお終いです。
明日31日から正月2日までお休みします。

今夜は雪の夜ですな。
誰も来ない?
来ないかも知れない。来るかも知れない。
まぁ、いつも通りなので考える必要もないですが(笑)

今年一年、いろいろとお世話になりました。
なんやかやとありましたが、それでも年は暮れていきます。
何とか無事に年末の誕生日も迎えることが出来ましたし。
来年は何らかのアクションを起こそうかな?などと思っています。
あまり具体的に書くと「鬼が笑う」のでこの程度のインフォメーションで。

さて、来年もご贔屓よろしくお願いします。
(来月のライブスケジュール、遅れていますがのちほど)
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by ma.blues | 2011-12-30 21:17 | 営業案内 | Comments(0)  

この国はどこへ行く?

しばらく、原子力関連の記事を書かなかった。
なんだか・・・書くのがアホらしくなるほど次から次へと小出しにいろいろなことが発表され、いちいち反応しているのがイヤになってしまったから。
まぁ、頭が「冷温停止」してしまったのだ。
たぶん、それが彼らの「思うつぼ」なんだろうが・・・

政府は「原発事故の収束」を宣言した。
東電から「冷温停止状態が安定してる」という報告を受けてのことだが、果たしてそうなのだろうか?
まだまだ、格納容器内へ人間が入ることは出来ない。
いや、おそらく何十年も入ることは出来ないだろう。
であれば「安定している」というのは想定にしか過ぎない。
彼らの「想定」がいかに脆弱なものかは先の震災時にはっきりと露呈した。
そして、彼らは「想定外」と言い出したのだ。

そうであれば、今回の「安定している」も「想定外の出来事が起きて」「不安定になってしまった」とあとで言い出しはしないか?
メルトダウン、メルトスルーと続いた事故の拡大は東電の責任である。
しかし、彼らはそれをすべて津波のせいにしている。
「想定外の津波」自然界の出来事を人間が想定すること自体過ちであり、どのような状況が生まれるか分からないと判断して組み立てていくべきだろう。
それが出来ないような技術ではどんな「想定外」が起こるか分かったものではない。

仮に冷温停止状態が確実に行なわれていると仮定しても、汚染水の垂れ流しは現在もなお続いている。
あれだけ大量の水を注入して建屋から漏れ出さないわけもないのだが、それさえも想定していなかったのだろうか?
建屋が破壊されていて格納容器もどんな状態か分からないところへ大量の水を注入していたわけだ。
彼らの頭の中には「漏れ出る汚染水は仕方ない、ともかく原子炉を低温状態にしなければ」といった考えがあっただろう。
汚染水は海に流れ出れば薄まる、そんなちんけな発想でしかものを考えていない気がする。
あれだけ大量の汚染水を海に垂れ流せば、今後大きな国際問題になるであろうことは予想出来る。
しかし、その頃には原因を作った人間たちはこの世にいない。
生き残っていてもごくわずかだろう。
そこまで考えているかどうか分からないが、考えていても不思議ではない行動を彼らは常にしているのだ。

こうした技術的な問題を抜きにしても「原発事故の収束」はあり得ない。
原発事故のために家や田畑や様々なものを失った人々。
ワケも分からずに被曝してしまった人々。
彼らの補償や今後の生活の安寧が得られない限り、収束には近付かない。
それらが出来たとしても、原発自体の廃炉処分や放射能汚染の除染は気が遠くなるくらい先の話だ。
収束などいつまで経ってもあり得ないのだ。

緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムSPEEDI(スピーディー)のデータはずいぶん後になって公表された。
公表が送れた理由について細野原発事故担当相は「確実でないデータを公表することでパニックが起こることを防ぐため」といった意味のことを言っていたが、この予測データが早期に発表され、それに基づいて避難勧告を行なえば一部の人たちの無駄な被曝を避けることが出来たと推測出来る。
なぜなら、彼らはSPEEDIが放射能が流れると予測した方向へ避難していったわけだから。

政府や電力会社はどこを向いて仕事をしているのかさっぱり分からない。
国民の安全を守るのが政府の仕事であり、安定した電力を供給するとともに「安全な」電力を産み出すことが電力会社の仕事だろう。
そのどちらもが、本来の仕事を放棄あるいはネグレクトしている。
やっているのは自らの保身だけだ。

すでに原子力発電がいかに銭食い虫でとんでもなく経済効率が悪くてもっとも危険な発電であるかは明白になっている。
ここから撤退することなくして日本経済の安定と国民生活の安全は保障出来ない。
施設開発費を電力料金に上乗せするなどもってのほかだし、原発事故の補償金を電力料金の値上げによって賄おうとすることももってのほかだ。

以前にも書いたが、電力会社は地域独占企業体であり、その違法性は明らかだ。
一刻も早く、すべての電力会社を解体し発電と送電を分離し、自由競争による電力供給体制を作るべきだろう。
少なくとも東電は即刻解体し国家管理とすべきだ。
そして、東電のすべての資産を処分し補償に当てるべきだ。
だいたい、補償に当てる金額が足らないというのにボーナスを出したり、いまだに顧問やらを置いていること自体がおかしいことだと気付かない。
まぁ、彼らの頭の中は膿んでいるに違いないのだから気付くはずもないだろう。

さて、九州電力の社長がやっと辞任する気になったようだが、この時点で?という疑問符も。
佐賀県知事の要請があったのかなかったのか?
電力側から働きかけはあったのかなかったのか?
すべて、うやむやのままでトップのすげ替え(みそぎ)を行ないシャンシャンで終わるつもりだろうか。
折しも、玄海原発はすべての原子炉が停止した。
またもや「電力不足」キャンペーンを張っている。
相も変わらぬ方法で危機感をあおっているが、もはや庶民はそんな言葉を信用しないだろう。

故意か不作為か佐世保市光町の相浦発電所の火力発電2号機(50万キロワット)のボイラー施設から蒸気が漏れ、運転を停止したという事故があった。
年内に修理のめどを立て正月明けからは運転を再開するらしいが、これが故意であったとすればあまりにも悪辣な方法論であろう。
技術的には大して問題が出る事故ではなかったわけで、人為的にそうした事故を操作することも可能なレベルだからこんなうがった見方もしてしまう。

ともあれ、どの電力会社も決して庶民の方向へ目を向けてはいない。
そうした経営体制を存続させることが出来るのは政府として何らメスを入れることがないからだ。
もちろん、電力会社が第一のスポンサーであるマスメディアは最後のところまで彼らを追い詰めることをしない。
つまり、自浄機能もなく監視機構も存在しない電力会社はやりたい放題ということになる。

事実を事実として国民に伝えることをしない政府とこうした電力会社の機構構造は基本的に同じだと言えるだろう。
マニフェスト(公約)のほとんどを反故にしている民主党政権の崩壊は目の前だし、それに変わる「まともな政党」など一つもいないこの日本はいったいどこへ向かって走っているのだろう・・・
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by ma.blues | 2011-12-29 22:25 | 原子力関連 | Comments(0)  

年忘れパーティは大盛り上がり

どうも更新が遅れすぎてます。
日曜日(18日)は今年最後のライブ、と言うより忘年会のようなパーティでしたが。
全体人数は13~4人。半分がプレイヤーでした。
で、とっかえひっかえ、バックに入ったり邪魔したり(笑)

ほぼ定刻の7時から始めて23時過ぎくらいまであれこれやっていましたね。
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いつも通りの美声を聴かせてくれた佐藤さん。

狭い店なのでプレイヤーが入れ替わるのも大変でした。
若いプレイヤーは新渡戸くんだけでしたが、秀ちゃん、横浜くんとのセッションはいい感じでした。
セッションをやってみるとよく分かるのですが「合う、合わない」というのはあります。
演奏技術の優劣ではなく、間の取り方というか・・・タイミングが合うか合わないかということなんだと思います。
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これだけ人が集まるとクロスロードは息苦しいです(笑)

以前にも紹介した「大阪からの刺客」(笑)ケニー菅沼くんも駆けつけて歌ってくれました。
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バックが付いて気持ちよさそうに歌っていました。

この夜は珍しい光景も。
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佐藤さんがエレキを弾くのは初めてです。
でも、彼は高校時代にレッド・ツェッペリンやイエスをコピーしていたといいますから、珍しさはあっても様になっていましたね。
前面の顔はモザイクをかけるか黒で塗りつぶそうかと思いましたが、あえてさらしました(笑)

僕も結局、ずいぶんと歌ってしまいました(^@^)
何曲かはやる予定でいましたが、予定外の曲もかなり歌う羽目に・・・
久し振りに長い時間ギターを弾いていたら筋肉痛。
いつの間にか、筋力は落ちているものですね。
明日から筋トレでもやるか。

さて、今年のライブはすべて終わりました。
まだ、来月の予定は出来ていませんが、中旬辺りから何本か入ると思います。
狭い店ですが、その分楽しめることも多いです。
是非、ライブにいらして下さい。
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by ma.blues | 2011-12-21 20:44 | ライブ報告 | Comments(0)  

ある雑誌をめぐる論争まがいの出来事

ある雑誌の存在意味が取り沙汰されているらしい。
「暮らしの手帖」古い歴史を持つこの雑誌はかつてあまたある商品の中から庶民に良品を伝えるため、編集者自らが操作チェックなど行ない、商品の優劣を雑誌で公開したりしていた。
その根幹となっていたのは創設者の花森安治が考える「真の民主主義」であった。
故に、時には過激とも言われた政府批判や反戦、反差別の訴えなども公開されていた。

その「暮らしの手帖」をめぐる論争もどきが起こっているそうなのだ。
▼ぼくらは「暮しの手帖」に「たたかえ」とはいわない
個人的には「暮らしの手帖」はすでにずいぶん前から様変わりしていると思っていたので改めてあれこれ多くを言う気にはならない。

雑誌は自らのスタンスを明確に読者へ伝える必要性があるわけだから、以前ブログに書いた「通販生活」のあのCM(カテゴリ「原子力関連」)はそれをきちんとやろうとした結果だろう。
「暮らしの手帖」編集長(文筆家で書籍商)の言葉は雑誌の存続だけを考えている発想にしか聞こえない。(上記のブログに載っていた通りであるならば)
それはつまり「暮らしの手帖」というかつての勇敢な雑誌はすでに消えたということに等しい。

たとえ言葉だけであろうとも言い続ける必要がある場合もある。
雑誌というメディアを制作している人間たちは少なからず人々に何らかの影響力を持っている。
その自覚の中で編集長がそうしたスタンスを取るのであれば、それはそれで何らかの影響は当然出てくるだろう。

彼らのことの顛末など僕には興味もないが、震災以降の現実の中で各所でこうした分岐点が出てくるだろうことは感じていた。
その一つの例に過ぎない。

放射線に対する無知によって瓦礫の受け入れを拒否しようとする人々にしてもしかり。
自分たちの土地も汚染されていることすら気づきもせず、他所を故なく差別する構造は日本に連綿と続いているものだ。(むろん、政府の無能さと意図的な事実隠しがそれを助長しているのも事実だが)
その差別によって作られた原発(を始めとする核施設)が新たな差別構造を産み出している。
この根本的な差別構造を突き崩さない限り、日本の社会が変化することはないだろう。
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by ma.blues | 2011-12-18 00:00 | 東日本大震災 | Comments(0)  

ちょっくら、ギターのお話

久し振りにギターのお話です。

最近、店でよく弾いているのが1967年製ギブソンJ-45(ADJ)。
ギブソンはかなりいい加減な会社でシリアルナンバー(製造番号)が時期によって重複していたりします。
このギターのシリアルは309XXXなんですが、309の並び番号は1965年と1967年に使われています。
どちらか分からない・・・しかし、ネックの形状で区別が付くのです。
60年代に入ってからネックが細くなる傾向にあったのですが66年に一気に加速し超細身のナローネックと呼ばれるものになります。
したがって、ナローネックであるこのギターは1967年製ということになるわけです。
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ボティトップの色はビンテージサンバーストと呼ばれる焦げ茶から薄茶(元はもっと黄色っぽい)のグラデーションがかかったもの。

J-45が生まれたのは1942年。
ダークウォールナットステインフィニッシュのものだったそうです。(僕は見たことありません)
機種名のJは「ジャンボ」を意味します。
それまで主流だった細身で小型のパーラーギターに変わるものとしてギブソン社が制作したJumbo(1934~36年)、J-35(1936~42年)の後継機として誕生します。
そして、第二次大戦後の1947年、ナチュラルのJ-50が発売されます。
ナチュラルは板の木目をそのまま見せるわけですから、この頃から木材の不足が解消されたことが分かります。
J-50はJ-45とまったく同じですが、ナチュラルにしたことで差別化するためにJ-50となりました。

1956年にサドル(画像の白い棒状の部分)を上下出来るアジャスタブルブリッジ (ADJ)が採用されます。
これによって弦の高さを容易に変えることが可能になりました。
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サドルの両側に付いているネジを回すことによって弦の高さを調節出来るわけですが、この仕組みについては賛否両論があります。
弦の振動をそのまま伝える従来方式に比べアジャスタブルブリッジの干渉によってサスティーンが少なくなるので綺麗に伸びる音は生まれず荒くがしっとした感じの音になります。
その素朴な音を好む人もいれば、マーチンのように綺麗に伸びる音を求める人もいるわけで好みが分かれてしまうわけです。

個人的には弾く曲によって使い分けをすればいいかな?という感じです。
現在、店にはこのギターとマーチンの1979年製D-35がありますので弾き比べをするとその違いがよく分かります。
どちらも同じ弦(ダダリオ・フォスファーブロンズ・ライトゲージ)を使用していますので違いがはっきりします。
ストロークを多用するのであればJ-45、フィンガーピッキングが主体であればD-35。
また、フォークソングのような曲であればやはり王道のマーチンを、ブルーズやロックっぽいものであればギブソン。
そんな風に使い分けすればいいのでは、と思います。

「そんなにいろんなギターを持っていてどうするの?」
などと、よく聞かれたりしますが、今書いたようにそれぞれの曲に合ったギターの音色を求めるとどうしても本数が増えてしまうわけです。
エレクトリックであれば、一本のギターでエフェクターを使って様々な音を作ればいいという発想もありますし、アコースティックでもやはりエフェクターで音を変えて使えばいいという発想があります。

しかし、そのギターの音が気に入っていてその音をそのまま出したい場合にはエレクトリックでもアコースティックでもエフェクターを使わないで出音したいと思ってしまうわけです。
で、曲によって音色を変えたい・・・
そうすると、どうしても何本もギターが必要になるという困った状態が生まれるわけですね。
プロでもないのにそんなところにはこだわってしまうという・・・
損な性格に生まれたものです(^@^)

※一つのギターの歴史を調べるといろいろなことが分かってきます。
ギターをどう使うかはその人の自由ですが、ちょっと歴史なども調べるとそのギターに愛着も沸いてくる気がしています。

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by ma.blues | 2011-12-16 23:38 | その他 | Comments(0)  

年末年始の営業案内です

年末は30日まで営業します。年始は3日より営業します。
18日(日)でライブスケジュールは終わりますが、クリスマスもありますし(何もやりませんが・・・^0^)お店へ遊びに来て下さい。
雪が降ったら「雪見酒」!(あっ、この店は窓がなかった・・・)
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by ma.blues | 2011-12-15 00:20 | 営業案内 | Comments(2)  

ふるたいむのライブ

またまた報告が遅くなってしまいました。
10日(土)はジャッキー皆川くんの「ふるたいむ」のライブがありました。
当初、皆川くん一人での出演ということでしたのでスケジュールには彼の名前しか載せてありません。
リードギターのマッキー、ベースの阿部ちゃん、二人が加わり正規のユニット「ふるたいむ」として出演してくれました。

震災直後にやった店のライブが彼らでしたので、今回は半年以上振りということになりますね。
それぞれの思いを持ってライブをやってくれたことと思います。
この夜もオリジナルを中心としたライブでした。
夏にはよく田老地区へ行っていたという皆川くんが夏の田老の思い出を綴った「夕空」。
皆川くんとマッキーは岩泉出身ということでその岩泉の子供時代を歌った「想い出ふわふわ」。
高松の池で見かけた老夫婦の様子を見て作ったという「流れ星きらり」。
(タイトルはいずれも文字が正しいか分かりません)
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どれも完成度の高い曲ばかりです。
その他にも「ピースサイン」などオリジナル曲が多く歌われました。

ジャッキーの歌に絡むマッキーのギターは古くからの友人だからこそか、まったく違和感なく溶け込んでいます。
ベースの阿部ちゃん、彼のベースを僕は以前から好きなのですが、そのドライブ感のあるベースがフォーク調の曲なのにフォークっぽさをどこかで緩和している気がします。
昔の言い方で言うと「ニューミュージック的」な雰囲気が出来上がっています。
曲自体もノリのいいものが多いのですが彼のベースによってさらにノリがよくなっているんだと思います。
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この夜は動画を撮るのを忘れてしまいました。
来年、早い時期に彼らの動画をアップしたいと思っています。
彼らの歌は完成度も高く楽しいステージですから、機会を見つけて是非ご覧になって下さい。

※岩手県の地名をご存じない方へ
田老:元は岩手県下閉伊郡田老町、現在は宮古市と合併し宮古市田老(地区)となっています。「万里の長城」と謳われた高さ10メートルを超える巨大で長大な堤防を有した地区でしたが、今回の津波ではそれも役に立たなかったほど壊滅的な被害を受けました。

高松の池:1598年(慶長3)盛岡城築城にあたって、 北上川・中津川・雫石川の合流点で低湿地帯だった盛岡は、付近一帯の治水が重要な課題となりました。 その一つが現在高松の池になっている沢の治水で、この沢が出水すると、 安全な町づくりに重大な支障がありました。 そこで、高松の池のあるあたりに4ヵ所の堤を設けたのが始まりといわれています。 そのため、高松の池はかつては「上田の堤」と呼ばれていました。盛岡城下の開発は、 高松の池造成によって大きく進展したといっていいでしょう。 満水面積10.5ヘクタールの同池は、現在、市立公園として、春の桜、 夏のボート、秋の紅葉、冬の白鳥など、四季の行楽地として市民の憩いの場になっています。 日本の桜の名所百選にも選ばれています。

岩泉:岩手県下閉伊郡岩泉町。岩手県中央部東側の沿岸から山間部にかけての地域。本州一面積の広い町。水の透明度が高いことで有名な龍泉洞(鍾乳洞)を抱える。観光地としてだけでなく、龍泉洞の水はミネラルウォーターとして販売されています。

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by ma.blues | 2011-12-13 19:35 | ライブ報告 | Comments(0)  

ソブクン’sのライブの様子、アップしました

遅くなってしまいましたが、11月25日に行なった「白石松則とソブクン’s」のライブの様子をYoutubeにアップしました。
「明日はきっと」
光量が足らなく、ほとんど見えない状態で申し訳ないです。
とても楽しいライブでした。
来年、早い時期に彼らのライブをまた入れる予定でいますので、是非聴きに来て下さい。
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by ma.blues | 2011-12-09 15:53 | ライブ報告 | Comments(0)  

本日、お休みします

頭痛がひどいため、本日はお休みさせていただきます。
申し訳ない。
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by ma.blues | 2011-12-08 18:32 | 営業案内 | Comments(0)