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大瀧詠一、急死

30日の夕方、日本の音楽界で独自の世界を築いてきた大瀧詠一(元はっぴいえんど)が急死した。
1948年、岩手県江刺郡梁川(現在は奥州市)生まれ、享年65歳。

彼の音楽はさらっと聴くとただのポップス風な曲に聴こえるが、その中に様々なエッセンスがはめ込まれているマニアックな曲作りがされていた。
CMに使われた曲だけのアルバムを作るなど、日本の音楽界において先駆的な役割を果たして来た。
個人的には1971年、結成一年後のはっぴいえんどを「中津川フォークジャンボリー」のサブステージで見た。
それが彼を見た最初で最後だった。

※店へのアクセス、ライブスケジュールなどは右メニューの「カテゴリ」から、店でのライブ音源は「関連ブログ&HP」からご覧になれます。ライブやパーティの希望は常時受け付けていますので、お気軽にご相談下さい。
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by ma.blues | 2013-12-31 21:28 | 社会全般 | Comments(0)  

またしても「天がえる」状態・・・

昨夜は深夜1時半近く、お客さんも来ず諦め気味で片付けを始めていた。
すると、階段を上る足音が・・・
入って来たのはご近所さん。「福寿丸」のじゅんじゅんだった。
ライブ後に時折打ち上げで使う沿岸直送の美味しい海産物をいただけるお店です。
昨夜が仕事納めで遅くまで後片付けをしてやって来てくれた。

まったりと、仕事の話や景気の話、沿岸の話などつらつらと話していた。
震災後、お互いにいろいろな意味でしんどい思いをして来ているから、多くの話が出て来たがしんみりした雰囲気にはならなかった。
じゅんじゅんは明るいからね。
やがて「マスター、歌って!」
何がいいかなぁ・・・と思ったがブルーズから数曲歌った。

そこへお客さんが。
以前、一度来店した石巻のよっちゃんだった。
この夜は彼女と一緒。
よっちゃんは矢巾町に建設中のメガソーラー施設の現場に入っていたが、前回来店後間もなく引き上げたそうだ。
なんでも、資材不足で工期が延びに延びていて付き合っていられない状態らしい。

沿岸の工事も資材不足で遅れに遅れている箇所がある。
こんな状態のまま、オリンピックなんぞの工事が始まれば、ますます資材も人材も足らなくなって復興がどんどん遅れるのは目に見えている。
そんな実情を安倍晋三も、猪瀬直樹も分かって誘致したのかね?

彼らも加わり、ここからはもう「天がえる」状態(笑)
フォークやら歌謡曲やら何でもありの歌合戦。
じゅんじゅんの歌のバックを弾いたり、普段歌うことない曲も多く歌っちゃいましたね。
もちろん、よっちゃんにも歌わせましたよ。(彼は石巻でバンドを組んでいる)
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左からよっちゃん、その彼女、じゅんじゅん。イケメンよっちゃん、カッコ付け過ぎやで〜。可愛い彼女と幸せになれよ!

こうして時間はどんどん過ぎていき、お開きになったのは5時半を回っていた(汗)
なんということだ・・・・・
まぁ、滅多にゆっくり話も出来ないじゅんじゅんと話せたし、よっちゃんたちも楽しんでくれたからよかったか。

片付けをして家に帰って寝たのは当たり前だが明るくなった7時半過ぎ。
朝のニュースを見ながらの歯磨きって・・・・・・
ということで、今日は眠いです。

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by ma.blues | 2013-12-29 20:49 | ある夜のクロスロード | Comments(0)  

松本哲也くん登場!・・・続いてビッキーも

年末の魔力か、昨夜のクロスロードは宵のうちからごった返していました。
一年に一度の混雑(笑)

比較的早い時間に沿岸支援に来ている関係者5人が。
続いて、松本哲也くんが前回一緒に来た某キー局のディレクターたちと来店。
哲也くんがずいぶんと静かなのでどうしたんかな?と思っていたら、どうも深酒するのを自重しているらしいです。
まぁ、大酒を呑んでいろいろと問題を起こしたこともある彼ですが、こうして自重するまでに成長したんですね。
愛すべき人間ですよ、彼は。

他のお客さんが引けるまでギターを弾くのを我慢していた様子で彼らだけになったら「あのマーチン、弾いていい?」と言ってきました。
彼は自分の愛機ギブソンJ−45が傷つき修理に時間がかかるため、新たなギターを仕入れたそうです。
今までマーチンは毛嫌いしていたらしいですが、ちょっと珍しいD−21を手に入れたそうです。
で、店にあるD-35が気になって弾き比べたかったようです。

ちょっと弾いただけですっかり気に入ったようでずっと弾き続けていました。
何曲か歌ってくれたのですが、いつもとは違うアレンジで歌っていて「こんなアレンジにしたくなるギターだよね」
ギターは不思議なものでそれぞれの個性が弾き手に様々なイメージを作らせてくれます。
このギターを弾くとこんなリズムでこんな雰囲気の曲、といった感じに弾き手を誘ってくれるのです。
だから、ギターを替えただけで曲作りが変わってしまうことも多いのです。

最後に僕の大好きな彼の歌「コンクリート・リバー」をしっかりと歌ってくれました。
彼が東京へ出てから最初に作った曲で、まだ10代だった彼が大都会の中で必死にもがきながら生きている姿が見えて来るような曲です。
自身が東京へ出て一人暮らしをした時の感情に近いものを感じたこともこの曲を気に入っている理由の一つです。
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気持ち良さそうに弾いてくれたギターは1979年製マーチンD-35。

やがて、同行して来た某キー局のディレクターたちが帰って歓談しているところへ「天がえる」の店主ビッキーが四人でやって来ました。
で、当然のことながらクロスロードは「天がえる」化しました(笑)
ビッキーは彼自身の店でもそうですが、ここでも居合わせたお客さんを最大限楽しませようとします。
ほんの時たま、じっくりと話し込むこともあるのですが、そんなことは稀です(笑)
いつもいつも、笑いの種をまき散らして大騒ぎしますね。
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後方、白のセーターがビッキー。哲也くんが何となく苦笑しているのがおかしい。

哲也くんたちが帰ったあとも「天がえる宴会」は続き、結局閉店時間を大幅に上回り3:00過ぎにお開き。
滅多に込むことのないクロスロードですから、彼らが帰ったあとにどっと疲れが出ました。
こんな日が月に何日もあれば、この店も経営に苦労することはないでしょうけどねぇ・・・年に一回ですから。
「盆と正月が一緒に来た」とはこのことかも〜

年末年始は2日までは休まず確実にやっています。
3日以降の予定はまだ立てていませんので、そのあたりからまとめて休むかも知れません。
ブログや店の入り口の告知にご注意下さい。

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by ma.blues | 2013-12-28 18:49 | ある夜のクロスロード | Comments(0)  

絵美夏嬢、再び登場・・・店内にヴァイオリンの音色が

昨夜は「ヴァイオリン・シンガー」の絵美夏嬢が男性客と一緒にご来店。
この界隈(桜山界隈)で呑んだ帰りとのこと。

ウイーンフィルのヴァイオリニストが使っていたというオーストリア製のヴァイオリンを携えていました。
「音色を聴いて」ということでさっそく弾いてもらいましたが、弾いた曲がなんと「チャールダッシュ」。
ジプシーヴァイオリンの名曲です。
世界中の本当に数多くのヴァイオリニストが好んで弾く曲でもあります。
音色はやや明るめ。
ハンガリー系のジプシーヴァイオリンには合わないかな?と思いましたが、いろいろ聞くと弦の種類でかなり音色が違い自分のやる曲に合わせてやや明るめの音が出る弦を使用としているとのこと。
まぁ、ギターでも弦によってイメージがかなり変わりますから、その点は一緒ですね。

「ヴァイオリン・シンガー」と名乗っていますが、ヴァイオリンを弾きながら歌うわけではありません。
そんな器用なことを出来る人がいたらお目にかかりたい。(広い世界の中にはいるのかも知れませんが)
歌う時はヴァイオリンを弾いていませんのであしからず。
彼女はゴスペルからポップスまで幅広いレパートリーを持っていて、多くのライブをこなしています。
最近は南米系のフォルクローレ調の曲にはまっているらしいです。
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「岩手から全国発信!★絵美夏World★」
明日、岩手県紫波町の「オガール紫波」でライブが予定されています。
ユニット名が「Lady Soul」
女性ボーカルグループのキャップを任されているようです。
??? ヴァイオリン関係ないんかい?(笑)
2014年12月28日(土)
「OGAL PLAZA ファイナルLIVE2013」
開場:16:00
開演:16:30
出演:Crossing Force、Red Amber、昭和スターズ、HYBRID SEMINAR、Lady Soul、Fantastic Noka Band
前売り1000円(当日1200円)

この店へ来る前に寄ったお店が同じ界隈の「鴨富亭」。
鴨肉、鹿肉、熊肉といった貴重な肉料理を提供しているお店です。
ご主人自身がハンターで自分で穫った獲物を料理して提供しています。
ここで食べたヤマドリが気に入ってお土産をもらってきたということでお裾分けをいただきました。
ヤマドリを食べるのは始めてでしたが、実に美味い!
ヤマドリで出汁をとったスープに入ったお肉でしたが、お肉よりスープの方が数段美味かった。
すごい出汁が取れるのだということを知りましたね。
噂には聞いていたヤマドリでしたが本当に美味い出汁でした。
ヤマドリの正式名はよく分かりません。
「赤ヤマドリ」とか呼ばれる種類のようですが判然としません。
しかし、とにかくこの出汁は秀逸、とんでもなく美味いです。
機会があったら是非ご堪能下さい。

彼女たちが帰る頃、木原あおいクンが登場。
来月の「お寺でライブ」の打ち合わせも兼ねていろいろと話しました。
彼のオリジナルをバンドでやる予定なのでちょっとは打ち合わせをしないとまずいのね。
どうアレンジするのかに彼は迷っていてギターを弾いたりベースを弾いたりしてあれこれやっていました。
ちょうど、この夜はベースの秀ちゃんもいたので少しは意思疎通が出来たかな。
今度の「お寺でライブ」は楽しみですよ。

そんなこんなでこの店としては珍しく賑やかな夜でした(笑)

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by ma.blues | 2013-12-27 18:51 | ある夜のクロスロード | Comments(0)  

還暦過ぎてもまだまだイケるぜ!

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画像は左がケニー菅沼くん、右は秋田からのお客様、霜月檸檬(読めない人のために「しもつきれもん」)

21日(土)に顔を出してくれた霜月檸檬。
二回目の来店ですが、前回すっかり意気投合して今回はほとんど開店から閉店までいらっしゃいました。
名前の由来をお話ししますと、11月生まれだから名字を霜月(しもつき)、下の名前は本当はレノンにしたかったのだそうですが、それではあまりにあまりだということでちょっともじって檸檬(れもん)。
還暦を超えてまだなお元気なおっさんです。
若い頃から歌っていて、最近でも東京へ出ると六本木のバウハウスでボーカルを取ったりしているようです。

彼と話し込んでいるところへケニーが来店。
飛んで火に入るなんとかやら(笑)さっそく彼に歌わせる。
たった三人ですがどんどん盛り上がり、僕もバッキングに参加。
ケニーは普段スタンダードを弾き語りで歌っていますが、この夜はサム・クックなどソウルナンバーも。
もともとはソウルやロックを歌っていたこともあり、なかなかのもの。

すると、霜月檸檬も我慢出来なくなって来たかプロロコル・ハルムの「青い影」をケニーにリクエスト。
ケニーの伴奏に合わせて歌い出した。
半端じゃない声量。いやあ、びっくりでしたねぇ。
これが還暦をとっくに過ぎたおっさんの声かよ?
実際、そんなことを言い放ちたくなるような声量でした。

それからはもう・・・・・
ビートルズ、アニマルズ、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)やら次々に往年のヒット曲が飛び出して来た。
止まらない止まらない。
結局、0時頃までこの宴は続きました。
二人のファッションが微妙に似ていて親子か兄弟のように見えて来ました(笑)
全員、十分に楽しんでお開き。

霜月檸檬は「ゆくゆくは盛岡に移り住みたい」と言っていました。
こちらへ引っ越して来たらクロスロードオールスターズのボーカルは決定的ですな。
しかし、ただでさえ高年齢のオールスターズです。
彼の加入でますます平均年齢が上がりますなぁ・・・
まぁ、そんなバンドがあってもいいんじゃないでしょうかね?

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by ma.blues | 2013-12-24 19:08 | ある夜のクロスロード | Comments(0)  

六ヶ所村村議5社、原燃から受注 福島事故後5,2億円

核燃料サイクル基地(低レベル放射性廃棄物埋設施設、高レベル放射性廃棄物貯蔵施設、ウラン濃縮工場、使用済み核燃料再処理工場、MOX燃料工場)を抱える青森県上北郡六ヶ所村の村議会議員5人の親族が経営する建設会社5社が福島第一原発事故後の2011,2012年にサイクル基地を運営する日本原燃から直接工事を受注していた。
六ヶ所村村議会は福島第一原発事故後に「原子燃料サイクル事業等推進に関する意見書」を採決し、翌2012年には「使用済み燃料の再処理路線の堅持を求める意見書」を採決している。
これらに関しては次のサイトからPDFをダウンロード出来る。
可決した意見書(六ヶ所村役場Website)
おぞましい文字の羅列に反吐が出て来る。
六ヶ所村に関しては「あの」新潮社でさえ、このような文章を提示している。
核燃料再処理工場「六ヶ所村」はどういう所か(新潮社 foresight)

1980年代中盤に村を二分する誘致運動の末、核燃料サイクル基地は建設されて来た。
しかし、当初予算の3倍近くを浪費しいまだに完成せず、今後も湯水のように資金を費やす予定だ。
前回のブログで示したように今後の人類が生きていくために必要なことは何なのか? などは一切考えないこうした施設の稼働は必ずや計り知れない被害を産み出すことだろう。
「日本一裕福な村」(村民一人当たりの所得トップ)に生まれ変わった六ヶ所村。
果たして、それが村民を幸せにしてくれるのだろうか。
そして、日本の将来を確実なものとしてくれるのだろうか。
どちらも答えは「ノー」でしかない。

利権にまみれた原子力行政が人々に幸せなどもたらすはずもない。
福島第一原発事故後の福島県を見れば自ずと答えは見えているだろう。
それでもなお、核サイクル事業を推進しようとする。
ある六ヶ所村村議のこんな発言がある。
http://office-aoba01.seesaa.net/article/370965941.html
はっきり言って無知としか言いようがない。
しかし、これは可愛げのある無知ではない。
将来を現在の繋がりとして考えず、その時その時で潤えば良いという考え方。
空恐ろしいほど自己中心的で未来をまったく想像出来ない感性。
全国の原発が廃炉になった時、六ヶ所村はそれらから出た核のゴミで埋め尽くされるであろう。

六ヶ所村村議5社、原燃から受注 福島事故後5,2億円(朝日デジタル)
【大谷聡】核燃料サイクル施設が集中する青森県六ケ所村で、村議5人の親族が経営する村内の建設会社5社が、東京電力福島第一原発事故後の2011、12年度に、サイクル施設を運営す...る日本原燃(同村)から少なくとも計5億2千万円分の工事を直接受注していた。朝日新聞の調べでわかった。

 立地自治体として核燃料サイクル施設の安全性などを客観的な立場で検討する議員側が、事業者から利益を受けていた構図が浮かび上がった。

 この5社はいずれも、現職村議5人の妻や息子、弟が代表取締役となっている。5人ともかつて社長を務め、このうち3人は創業者だ。

 5社が青森県に提出した工事経歴書によると、11〜12年度に、それぞれ原燃から2〜9件、計3千万〜2億2千万円分の土木や建築工事を元請けで受注していた。工事の内容は、使用済み核燃料再処理工場の関連設備工事や、敷地内の道路・水道工事、原燃社員用の寮の建設工事などだった。

 5社や村内の建設業者によると、原燃がゼネコンではなく地元企業に工事を発注する場合、この5社でつくる二つの共同企業体(JV)に限っていたという。

 また、5社は下請けとしても原燃からサイクル施設関連工事を多数受注していた。村議らの説明や民間の信用調査会社によると、5社の売り上げのうち3〜5割程度がサイクル関連で、原発事故前から原燃の工事を受注してきた。

 日本は、原発から出た使用済み核燃料を再び加工して燃料にする核燃料サイクル政策を掲げ、六ケ所村の関連施設はその中核に位置づけられる。

 原発事故後に民主党政権が原発政策の見直しを進める中で、六ケ所村議会(18人)は12年9月、「再処理の堅持」を求める意見書を可決。それに先立ち、原燃からの働きかけがあったことが明らかになっている。

 5村議は取材に「工事をもらっても原燃に物が言えないわけではない」「原燃にお世話になっていることは、批判されても仕方がない」などと話している。
  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 
 〈日本原燃〉 原発から出る使用済み核燃料を再処理する事業を担う。青森県六ケ所村で再処理工場のほか、ウラン濃縮工場、高レベル放射性廃棄物の貯蔵施設などを建設、運営する。1980年に前身の会社が設立された。出資比率では、原発を持つ電力会社10社が計91・2%で、東電が28・6%で最大(2013年3月現在)。92年に合併で現在の会社になり、歴代の社長は全員が東電出身。事業は、電力会社10社が再処理のために積み立てた資金で行われ、電力各社はその資金分を電気料金に含めている。
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by ma.blues | 2013-12-22 22:05 | 原子力関連 | Comments(0)  

Rio+20 地球サミット2012 (国連持続可能な開発会議)におけるムヒカ大統領のスピーチ

2012年6月20日から22日までの3日間、ブラジル・リオデジャネイロにおいて開催されたRio+20 地球サミット2012 (国連持続可能な開発会議)
この会議の最後にスピーチしたのが「世界一貧乏な大統領」と言われるウルグアイのホセ・ムヒカ大統領だった。
そして、その内容は多くの国の指導者にとって「耳の痛い」ものだった。
このことを実は最近まで知らなかった。
知人によって教えられたのは日系ユースネットワーク総会長の打村明さんによる翻訳文だった。
彼のブログのリンクも掲載しておくが、ここにムヒカ大統領のスピーチ全文を載せておく。
あえて注釈や個人的な主張は付けません。
是非とも多くの方に読んでいただきたいスピーチです。

リオ会議でもっとも衝撃的なスピーチ:ムヒカ大統領のスピーチ (日本語版)

ムヒカ大統領のリオ会議におけるスピーチ:(訳:打村明)

会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。
幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。


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by ma.blues | 2013-12-22 17:06 | 社会全般 | Comments(0)  

再び青春の日に・・・40年振りに弾いたギター

火曜日にいらっしゃったお客様。
某F村くんが連れて来てくれたS社長。
店のギターを握りしめ、少しずつコードをつま弾いていく。
「40年振りくらいにギターを弾く」
そんなことを言いながら、ギターから聴き慣れた曲が放たれて来た。

ああ、ボブ・ディランだ・・・
「あの頃、三曲くらいしか覚えられなかった」
最初は多少たどたどしかったけれど、だんだん思い出して来たようでキチンと曲になっていた。
終わり頃には居合わせた秀ちゃんと僕も加わり、大合唱。
F村くんの音頭で僕らも演奏に参加し、まるで高校時代の部室の雰囲気(笑)
にしても、S社長は40年前に覚えた歌の歌詞をほとんど記憶しているなんて・・・
素晴らしい!の一言です。
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一生懸命にギターを弾いているS社長と某F村くん。F村くんは何をやっているかというと、スマホで歌詞を探しているのです。便利だけどこれを続けていると歌詞を覚えないよね?

S社長は他にも数曲思い出しつま弾き口ずさんでいた。
岡林信康の「チューリップのアップリケ」が出て来たのにはちょっと驚いた。
まさに自分の高校時代の愛唱歌の一つだったから。
あの当時、初めの頃こそカレッジフォークとかモダンフォークとか言われる綺麗にまとめた「アメリカンフォーク」が流行っていたが、徐々に関西フォークが席巻し僕はすっかり彼らにはまっていた。
中でも岡林信康は「フォークの神様」などともてはやされ不動の位置を築いていったし、僕が影響を受けた歌い手の一人である。

その後に登場するいわゆる「四畳半フォーク」や「ニューミュージック」などと呼ばれた歌謡曲のような歌ではなく、当時のフォークはプロテスト(抵抗)の歌が多かったし、差別される人たちを思って作られた歌が多かった。
「アメリカンフォーク」もウディ・ガスリー、ピート・シーガーなどが作って来た歌はまさにそれであった。
S社長が最後に歌った唄は「We Shall Overcome」(勝利を我らに)
1960年代に公民権運動を闘う「ワシントン大行進」の際、ジョーン・バエズが歌っていたのを思い出す。(もちろん、映像で見ただけだが)
もともとはゴスペルソングの「We Will Overcome」でこれをピート・シーガーが歌詞を替えて労働組合運動の歌として普及させたのが始まりだった。
歌詞はどんな民衆運動のテーマにも合うように抽象的に書かれている。
アメリカでは今でも歌い継がれている名曲である。

We Shall Overcome・・・Pete Seeger
聴衆に歌詞を先に教えて一緒に歌うという、いわゆる「コール&レスポンス」スタイルのはしりとも言えます。
聴衆の一体感がこうして生まれて来ていたわけです。
ピート・シーガーやジョーン・バエズの他、様々な歌い手が歌っていて1990年代にはブルース・スプリングスティーンが歌って話題となった。

とても楽しんでもらえた様子でS社長はお帰りになってくれました。
「フォーク」という言葉はいろいろな意味で使われますが、年代によっても様々で僕らの年代にとってはピート・シーガー、ウッディ・ガスリー、ボブ・ディラン、ジョーン・バエズらによってもたらされ、それらから日本語でのプロテストソングが誕生して来た時代に歌われたものが「フォーク」であったわけです。
その他を認めない、とかそういうことではなく、青春時代をそうした音楽の中で過ごして来たということなのです。

歌によって歴史を教わり、時代を考え、自分を考え、人との関係性を考える。
あの時代にそうした作業を出来たことが後の自分にとって非常に良い影響を与えてくれたと僕は確信しています。
音楽をやる人間は時代に敏感でなければならないと考えています。
悪や不正を見過ごさない。
音楽は人に楽しみを与えると同時に時代を訴えていく、見せていく作業だとも考えています。
日本にそうしたミュージシャンがだんだん減って来ていることはかなり悲しい時代なのだと思います。

おまけ
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15日の忘年会にハッシーが持って来てくれた誕生祝いのケーキのろうそくを消す秀ちゃん。居合わせた全員でいただきました。ハッシー、有り難う!

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by ma.blues | 2013-12-19 01:00 | ある夜のクロスロード | Comments(0)  

年末年始の営業

12月24日(火)〜1月2日(木)の期間は休まず営業いたします。
2日以降に突然数日休むかも知れません。
まだまったく計画を立てておりませんので、突然の告知になると思います。
まぁ、毎年の年末年始は暇ですので遊びに来て下さい。
あまりお客さんが来ないようであれば0時には閉めちゃいますのでよろしく。

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by ma.blues | 2013-12-18 17:45 | 営業案内 | Comments(0)  

新しいバーボン入荷

新たなバーボンが入荷しました。
現行のものと古酒で4種類。
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左がJohnny Drum(ジョニー・ドラム 43%)右がROWAN'S CREEK(ローワンズクリーク 50%)
どちらもやや古酒。
ローワンズクリークのボトルを見て??と思った方はお目が高い(笑)
そうです、ワインボトルを利用しています。
つまり、ワインボトルのリサイクルということになります。
当然、キャップはコルク仕様。

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左がOLD EZRA 12年(オールドエズラ12年 50.5%)右がEZRA BROOKS Black(エズラブルックス ブラックラベル 45%)
どちらもエズラブルックスのバーボンですが、年数の度合いでオールドエズラと名称が変わっています。
人気の高いバーボンなのでバーボンをいろいろ置いてある店では見かけることが多いと思います。

現行のウイスキーはすべてと言っていいほどアルコール度数が40%になってしまっています。
バーボンは『連邦政府により、1897年に制定された『ボトルド・イン・ボンド法』に基づいて製造されたバーボンウイスキーで、出荷の際に酒税を納税するため、『BONDED(納税済み)』とラベルに明記されています。現在ではこの『ボトルド・イン・ボンド法』は廃止になっていますが、未だにそれに基づいて製造されているバーボンは数種類あり、それらのバーボンには現在も『BONDED』と明記されています。
1897年に制定された『ボトルド・イン・ボンド法』というのは、下記の通りです。
1. 単一蒸留所で蒸留された原酒のみを使用する。
2. 同じ年に蒸留された原酒のみを使用する。
3. 政府管理化の保税倉庫で最低4年間熟成させる。
4. 100プルーフ(50度)で瓶詰めする。
現在は、以上のうち1、2及び4が守られていれば『BONDED』と明記する事が許可されています。』(バーボン銘柄辞典より)

ということで、かつては50%が基準でした。同時にブレンドしないものをこうして基準として作られていました。
もちろん、ボンデッドではないバーボンもあったわけでそれらの中には40%のものもあります。
個人的にはやはり43%以上のバーボンの方が美味しく感じます。
味の好みに関しては人それぞれですので「このバーボンはちょっと蜂蜜のような香りと甘さがあり・・・・・」などといった説明を店では一切しませんのでご承知置きを。
現在、店には14種類ほどありますので、いろいろ呑んでみて自分の好みを見つけて下さい。

かつて、ジャックダニエルズが好きでよく呑みましたが、当時のジャックは45%。
今のジャックとはまったく違う味だったように感じます。
ジャックと言えば、エズラブルックスはジャックダニエルズの対抗馬として販売されていたそうです。
テネシーウイスキーであるジャックがあまりに売れ過ぎて生産が追いつかなくなった時に、その対抗馬としてケンタッキーからエズラブルックスが登場したのだそうです。
そのためかどうか分かりませんが、ラベルの作り方やロゴの書体などがジャックとよく似ています。
今もエズラブルックスの人気が高い理由はこんなところにあるのかも知れません。

ケンタッキー州で作られるものがバーボンと呼ばれるわけで、厳密に言えばテネシー州産のジャックはバーボンではなくテネシーウイスキーと呼ばれるわけです。
ケンタッキーの居並ぶバーボンを凌駕する形でジャックが大売れに売れたというのは面白い話ですね。

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by ma.blues | 2013-12-18 02:19 | 営業案内 | Comments(0)