入道ライブ  甦った友情

昨夜は入道のライブでした。
開店して三ヶ月の記念日にポコちゃん(京都の友人)が開店祝いの花代わりとして入道を送り込んでくれたのです。
電話でその話を聞いた時、「へっ?」と耳を疑いました。
いろいろ聞いてみると彼と入道は友人関係で僕が盛岡へ移って店を始めたわけなどを
入道に話してどうにか都合をつけてくれたようです。

ポコちゃんとはもう40年近い付き合いになります。
出会いは京都。
京大で幻野祭というイベントが行われた時、
当時東京の大学にいた僕は仲間数人と京都へ行きました。
というより、8.6広島デーに合わせて東京から各駅停車を乗り継ぎ
いくつかの駅で途中下車しながら反核反戦を訴えながら広島まで行きました。
広島での行動を終えた後に京都へ入ったわけです。

当時、京大教養部は学生によって占拠されており僕たちのねぐらはそこに決定。
彼と出会ったのはおそらくそこだったと記憶していますが定かでありません。
その後、東京から駆けつけた大学の先輩も加わり僕たちの京都での行動が始まりました。
京都で知り合った他のメンバーらとあれこれ面白い企画?を発案して
思い切り楽しみながら行動していました。
政治的か?と問われれば???です。

よく覚えているのはもう時効だから話しますが
深夜に百万遍の交差点の四辺に色とりどりのペンキをぶちまけたこと。
翌日の新聞に「百万遍に謎のペンキ」とデカデカと載っていました。
何か意味を持ってしたのかどうかいまだに分かりませんが
パトカーの巡回時間を数日にわたって調べたりして意外と真剣でした。
無意味そうな行動に何か意味を見出していた時代でしたね。
その他にも大文字焼きの大の字に点をつけて犬にしようという計画も。
これは警備が厳重で現場に入り込めないことが分かり頓挫しました。

さらに京大西部講堂の屋根に青空と雲と三ツ星を描いたことです。
山岳部の連中の指導でザイルを使い大人数で描かれました。
実はこの三ツ星、テルアビブ事件で戦死した三人を意味していました。
西部講堂は学生の管理下にありさまざまなライブやイベントが行われていました。
後に「村八分」のライブの折りにも僕は講堂の防衛隊としてその場にいました。
そのライブはビクターからライブ盤が発売されジャケットには
西部講堂の屋根がデカデカと写っていました。
「村八分」の伝説的なライブに立ち会ったのも不思議な縁です。

幻野祭は京大農学部で行われ、僕はなぜか当時大人気だった
West Road Blues Bandのステージでアンプ防衛隊に加わっていました。
なぜ、そんなことになったのかはよく記憶していません。
単純に人数が足らなくてうろうろしていた僕も引っ張り込まれたって感じなのでしょう。
まったく知らない人間ともすぐに仲間意識を持てた時代だったのです。

昔話が長くなりましたがポコちゃんと入道はそれから数年後に知り合ったようです。
(僕はその頃、あまり京都へ出入りしなくなり主に東北地方へ旅に出ることが多くなっていました。
盛岡はその当時からよく立ち寄っていた街で落ち着いた雰囲気と街の中に川があることが
京都によく似ていて当時から気に入っていた街でした。)
幻野祭後、ポコちゃんは東京へ来ていた時期があり僕のところや先輩の部屋で寝泊まりしていました。
彼が京都へ帰ってから数回は会っていましたがいつの間にか疎遠になっていました。

そのポコちゃんが今回の粋な計らいをしてくれたわけです。
お互いに連絡先も分からない状態でしたが僕が盛岡へ移る際に
先輩へ報告の電話したことがきっかけで再び連絡をするようになり
今回のことが実現したのです。
その先輩は先月肺癌のため死去しました。
僕が連絡した時にはすでに余命半年を告知され一年ほど経った頃でした。
先輩が置き土産にポコちゃんとの再会を作ってくれた気がしてなりません。

遠く長く離れていた僕に対して実に心優しい土産を携えてポコちゃんはやって来ました。
数十年振りに顔を合わせた二人に何の違和感もありませんでした。
まるで、数日前に別れたばかりのような感じで自然と話し始めていました。
お互いに年を取ったことは認めざるを得ませんがそれはただ年月を重ねただけのこと。
お互いの考え方や生き方はほとんど変わっていないのでしょう。
多くを語らなくても分かり合えてしまうのはあの時代を共有したからなのでしょうね。

ともかく、こうして今回の入道のライブは実現し多くのお客さんが来店してくれました。
ポコちゃんの友情に応えるため僕も必死でしたが結果は大成功のライブでした。
入道のノリもよく陳腐な表現ですが本当に人情味あふれるライブとなりました。
入道と最後に握手した時には思わず涙が出そうになりました。
ポコちゃんの友情とその思いを快く受けて盛岡へ来てくれた入道。
二人には本当に感謝の言葉もありません。
ただ一言。ほんま、おおきに!

入道のバックには盛岡のミュージシャンが参加してくれて入道が福島のライブで共演した
ハーピストまでもが加わりとても素晴らしい音をみんなに与えてくれました。
ラストでは入道がノンマイクでアカペラで「どんなに苦しくても、いつか必ず夢は実現する」
といった内容のゴスペルを歌ってくれました。
まさに僕の店に対する励ましと取れる歌で大感激でした。

とても素敵な夜を過ごさせてくれた二人とバックに付いたミュージシャン、そしてライブに来てくれた
多くのお客さんたちに感謝です。


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# by ma.blues | 2009-08-09 14:18 | Comments(0)  

もうすぐ七夕

今日は29度という予報でした。
実際にそこまで上がったのか分かりませんが相当暑かったです。
お店の中は蒸し風呂状態になっていてエアコンが効くまでは汗が止まりません。
店に置いてある機材が心配になりますね。

店に置くギターを増やしました。
さまざまなタイプのギターを置いてあります。
マヌーシュ用のマカフェリタイプ、ブルーズ用のドブロタイプ、フォークギター、
薄胴のフルアコ、ソリッドのエレキと置いていますが
お客さんも含めてよく使うギターはやはりフォークギター。
一般的で弾きやすいということでしょう。


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# by ma.blues | 2009-07-03 20:42 | Comments(0)  

CROSSROADに立ち尽くす

静岡県浜松市から岩手県盛岡市へ引っ越して今月27日で半年になります。
まだ半年、もう半年。どちらとも言える期間でした。
思いもかけず、トントン拍子に店を構えてしまったので
その意味では「もう半年」ですが現実味が薄い現在「まだ半年」といった感があります。

人の人生はどこでどう変化するか誰にも分かりません。
ある程度目標を立てて進めて来ていても頓挫することも多いですし
目標も立てず生きて来ても何かしら完成させてしまうこともあります。
当たり前の話ですがどれが正解かといったものはないのが人生でしょう。

半世紀を過ぎて自分の人生を振り返った時、
何かを仕上げたという達成感もなくたいした満足感もありません。
しかし、ここ盛岡へ来て店を始めた時、
初めてやるべきことをやり始めたという感覚がありました。
まだまだ始まったばかりのお店の運営ですが徐々に手応えを感じているこの頃です。

それでも、心のどこかに迷いがあるのでしょう。
ふっと思考が止まって気持ちがさまようこともあります。
CROSSROADに立ち尽くして魂を悪魔に売り払うべきか否か?(笑)
自分ながらとんでもない店名にしてしまったものだと焦ります。
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# by ma.blues | 2009-06-20 20:34 | Comments(0)  

明日で一ヶ月

早いものです。ドタバタしながら開店してからもう一ヶ月です。
十分な宣伝も出来ないままの開店でしたがお客さんが途切れることはありません。
本当に有り難いことです。
今月から月二回のライブを入れることを決定しました。
今月は13日と27日。いずれもPM8:30からのスタート。
出演はハウスバンドのHot club of MORIOKA
ジプシースウィングジャズの生演奏です。

ジプシースウィングジャズはフランスのジプシー出身ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトによって
生み出されたドラムレスのスイングジャズです。
かつてはジャズ界からは異端とされて来たジプシースウィングジャズですが
現在では彼の後を追いかける若いプレーヤーが続出しています。
彼らの音楽は通常「マヌーシュ」と呼ばれています。

あっという間の一ヶ月でした。
まだまだ始まったばかりなのにずいぶんと時間が経った気がするのはなぜでしょうね?
店での話題はやはり音楽のことが多いです。
ご来店いただけたお客様は年齢層も幅広く盛岡は音楽を楽しむ人が多いと改めて気づかされました。b0169403_12242196.jpg
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# by ma.blues | 2009-06-07 12:26 | Comments(0)  

ついに開店!

本日、ついに開店です。
お店が決まってから内装の準備やら何やらでブログも書けずにいました。
開店は決まったけれど不安だらけ?
ともかく、走り出しました!b0169403_1201992.jpgb0169403_1204953.jpg
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# by ma.blues | 2009-05-08 10:51 | Comments(0)